高密度細胞培養システムでは、専用の浮遊細胞株を用いて決められた手順で培養します。安定的に運用するためには、設備と培養技術の双方を適切に整える必要があります。専用の細胞株はとてもデリケートであり、その性能を維持するために、培養の操作手順や保管方法が厳密に指定されています。前回の記事では、細胞株の導入にフォーカスしました(関連記事「タンパク産生やウイルス産生を目的とした高密度細胞培養システム導入の第一歩:細胞株の導入編」)。そこで今回は、細胞株を培養して実験(遺伝子導入)に使用できる状態に整えるために継代する手順と、細胞株の維持に極めて重要な凍結保存の手順にフォーカスします。
表1. 高密度培養システムキット
| 製品名 | 製品番号 | 培地 | 細胞株 |
|---|---|---|---|
| Gibco™ Expi293™ Expression System Kit | A14635 | Gibco™ Expi293™ Expression Medium | Gibco™ Expi293F™ Cells |
| Gibco™ ExpiCHO™ Expression System Kit | A29133 | Gibco™ ExpiCHO™ Expression Medium | Gibco™ ExpiCHO-S™ Cells |
| Gibco™ LV-MAX™ Lentiviral Production System | A35684 | Gibco™ LV-MAX™ Production Medium | Gibco™ Viral Production Cells |
| Gibco™ AAV-MAX Helper-Free AAV Production System Kit | A51217 | Gibco™ Viral Production Medium | Gibco™ Viral Production Cells 2.0 |
細胞株の継代
前回の記事で解説したように、高密度培養システムの細胞株の維持に適した細胞濃度の範囲が指定されており、継代に適した濃度の範囲も決められています(前回の記事の表4)。指定の濃度に到達したら細胞株を継代します。指定範囲を超えると増殖速度の低下や産生性能の低下を招きます。各細胞株の推奨播種濃度を表2にまとめました。それぞれ、3日間培養予定か4日間培養予定かで播種濃度を調節します。
表2. 継代時の推奨播種濃度
| 細胞株 | 3日間培養予定 | 4日間培養予定 |
|---|---|---|
| Expi293F | 0.4~0.6 | 0.2~0.4 |
| ExpiCHO-S | 0.2~0.3 | 0.15~0.2 |
| VPC | 0.5 | 0.3 |
| VPC 2.0 | 0.6 | 0.3 |
数字の単位は×106 viable cells/mL。VPC = Gibco™ Viral Production Cells
継代の手順は、どの細胞株も次の流れになっています。
- 専用培地を37 ℃に加温して、新しいフラスコに入れておく
- 培養した細胞の生細胞濃度を算出する
- 必要細胞数を新しいフラスコに播種する
- CO2インキュベーターのCO2濃度の設定を8%とし、適切な設定のオービタルシェーカーで撹拌培養する
ここで着目したいのは、古い培地を除去するための遠心操作が行われない点です。一般的な浮遊細胞株の継代では、遠心して古い培地を取り除かれることがあります。しかしながら、高密度培養用の細胞株は物理的刺激に非常に敏感で遠心力によってダメージを受けます。継代直後から急速に細胞の状態が悪くなったというお客さまの手順を確認したところ、遠心していたことが原因と考えられたケースが実際にあります。同じ理由で、セルカウント時のピペッティングも優しく実施してください。均一に混合しようとするあまり、強すぎる・多すぎるピペッティングで細胞がダメージを受けてしまわないように注意してください。
解凍直後の細胞株は凍結・融解によるダメージを残しています。そのため、遺伝子導入に使用する前に十分に状態を回復させて、細胞を活発な状態に戻す必要があります。最高のパフォーマンスを発揮させるために、推奨される継代回数が細胞株ごとに以下のように指定されています。
- Expi293 cells:3回以上
- ExpiCHO cells:2回以上
- Viral Production Cells:3回以上
- Viral Production Cells 2.0:3回以上
細胞株の凍結保存
高密度培養システムの細胞株を適切に維持するためには、凍結保存用の培地も重要です。それぞれ指定があるので表3にまとめました。
表3. 凍結保存用の培地
| 細胞株 | 指定培地 |
|---|---|
| Expi293F | Expi293 Expression Medium、90% DMSO、10% または Expi293 Expression Medium、45% conditioned medium、45% DMSO、10% |
| ExpiCHO-S | ExpiCHO Expression Medium、90% DMSO、10% |
| VPC | LV-MAX Production Medium, 92.5% DMSO, 7.5% または LV-MAX Production Medium, 42.5% conditioned medium、50% DMSO、7.5% |
| VPC 2.0 | Viral Production Medium + 4 mM GlutaMAX、92.5% DMSO、7.5% または Viral Production Medium + 4 mM GlutaMAX、42.5% conditioned medium、50% DMSO、7.5% |
表3にあるように、培養に使用している専用培地にDMSO(dimethyl sulfoxide)を加えたものが指定されています。当社が販売している凍結保存用培地の代表的製品であるGibco™ Recovery™ Cell Culture Freezing Medium(製品番号 12648010)はウシ胎仔血清を含んでいます。無血清・無タンパク質で培養するこれらの細胞株を保存するための培地としては不適切です。VPC 2.0用のViral Production MediumはGibco™ GlutaMAX™ Supplement不含のため、凍結保存用の培地の作製時にも添加する必要があります。その他の培地にははじめからGlutaMAX Supplementが含まれています。
Expi293F、VPC、VPC 2.0用の指定培地の別処方として、半量をconditioned medium(馴化培地)とする方法があります。conditioned mediumとは、細胞の培養に使用された(慣らされた)培地です。細胞から分泌された成分が含まれるため、細胞の生存をサポートする効果が期待できます。
詳細な手順はそれぞれの細胞株のUser Guideをご確認ください。共通する注意事項を以下に列記します。
- 継代に適している細胞濃度(=対数増殖期)の細胞を凍結保存用としてください(質の良いストックを作製するため)。
- 凍結保存用の培地は、使用直前まで冷蔵または氷上保管で冷やしてください(DMSOの毒性の影響を最小限にするため)。
- 細胞がDMSOを含む培地にさらされ、冷凍開始されるまでの時間を最短にしてください(DMSOの毒性の影響を最小限にするため)。
- 1分あたり1 ℃の速度でゆっくりと凍結するように、専用の容器(Thermo Scientific™ Mr. Frosty™凍結処理容器(製品番号 5100-0001 など))やプログラムフリーザーを使ってください(緩慢な凍結が氷晶形成を抑制し、細胞の生存率を高めます)。
- 凍結させたら、翌日~48時間以内を目安に、液体窒素タンクの気層に移して長期保管してください(-80 ℃のディープフリーザーは細胞の長期保管には不向きです)。
まとめ
この記事では、高密度培養システムの導入における細胞の継代と凍結保存のポイントを解説しました。一般的な浮遊細胞の培養とは異なる注意点が、細胞の品質維持の肝となっていることがお分かりいただけたでしょうか。この記事をご参考に、タンパク質や組み換えウイルスを産生させる強力な実験ツールである高密度培養システムを活用してください。
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