分子生物学の黎明期を支えてきた大腸菌(Escherichia coli)ですが、近年では全く扱わないラボも増えてきました。しかし、クローニングやタンパク質発現を行う場合、大腸菌が依然として必要になることがあります。大腸菌を扱うとなると、遺伝子組み換え実験を行うことになり、通称カルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)への配慮も必要になります。本ブログでは、これから新たに大腸菌を用いた実験を立ち上げる必要のある方、久しぶりに大腸菌を扱わざるを得なくなった方のために、大腸菌をラボで使用する際に必要な設備についてご紹介します。足りないもの、あったら便利そうなものがないかご確認ください。
カルタヘナ法で求められるラボの設備
大腸菌を扱う実験(大腸菌ワーク)に必要な設備をご紹介する前に、組み換え実験を行う上で法律上求められる設備について簡単に説明します。ただし、特に特殊なものはなく、大腸菌ワークに必要なものをそろえたらカルタヘナ法の要件も満たすという印象です。なお、各研究機関でカルタヘナ法遵守のための内規を作られているはずです。そちらも必ずご確認ください(もし内容が微妙に違っていたら、もちろん内規を優先させてください)。
P1、P2実験室それぞれについて必要とされる設備について図1に簡単にまとめましたのでご確認ください。これも内規に従って決めていただく必要がありますが、通常の大腸菌ワークの場合、拡散防止措置レベルはP1かP2と判定されることが多いです。

図1. カルタヘナ法で要求されるラボ設備
P1レベル実験室に求められる設備
法令によると、条件は「通常の生物の実験室としての構造及び設備を有すること」とのことです。解釈にもよりますが、実験台があり、床を含め万が一組み換え体が付着した場合に不活化を行え(次亜塩素酸ナトリウム等で拭けるということでしょうか?)、その他手洗いを行えて、窓と扉を閉められたら問題なさそうです。
P2レベル実験室に求められる設備
P1レベル実験室に求められる設備に加えて、組み換え体の不活化に使うオートクレーブ(高圧滅菌器)、および安全キャビネットがあった方がよさそうです。ただし、両方とも必須という記載ではなく、オートクレーブは実験室がある建物内にあればよく、かつオートクレーブ以外の不活化方法も不可ではなさそうです。安全キャビネットは「エアロゾルが生じやすい操作」を行う場合、必須と法令に記載されています。とは言え、オートクレーブは培地調製にも使いますし、オートクレーブがある部屋まで組み換え体を運ぶのも厄介です。また、「エアロゾルが生じやすい操作」が具体的に何を指すのか曖昧ですので、研究機関の内規で共に必須だと定めているところが多いのかもしれません。利便性から考えても2つともあった方がよさそうです。その他、「設備」ではないですが、入り口と組み換え体の保管庫(冷蔵庫・冷凍庫など)に「P2レベル実験中」の表示が義務付けられている点にもご注意ください。
大腸菌を扱う上で必要な設備・あると便利な設備
図2に大腸菌を扱う上で必要な設備、あると便利な設備について簡単にまとめました。緑色で示したものが特に新たにご準備いただく必要がありそうな装置・機器になります。その他多くのものは既にラボにあることが多いと思います。

図2 大腸菌を扱う上で必要な設備・あると便利な設備
A. 実験台、B. 流し台(手洗いができる場所)、C. インキュベーター(37 ℃)、D. シェーカー(16~37 ℃)、E. オートクレーブ、F. 安全キャビネット、G. 遠心機(0.5~2 mLのチューブを15,000 ×g程度で遠心できるもの)、H. 遠心機(50~100 mL程度の遠沈管を12,000 ×g程度で遠心できるもの)、I. 冷蔵庫(4 ℃)、J. 冷凍庫(-20 ℃)、K. ディープフリーザー(-80 ℃)、L. 小型遠心機、M. ボルテックスミキサー、N. ドライバスインキュベーター(37 ℃、42 ℃)、O. 分光光度計
A. 実験台、B.流し台
カルタヘナ法上あった方が良さそうです。
C. インキュベーター(37 ℃)
大腸菌の静置培養(主に寒天プレートを使用)で使います。まれに室温や30 ℃近辺で行うこともありますが、37 ℃が一般的です。Dのシェーカーで代用できますが、振とうしている場合は代用できません。あるいは、少し大きめのインキュベーターを準備し、その中に小さめのオープンシェーカーを入れて使えば、隙間に寒天プレートを置けそうです。以下は小型で場所をとらず、使いやすいインキュベーターで、プレート培養には十分です。その他酵素反応にも使えます。

おすすめ
Thermo Scientific™ Heratherm™ IMC18コンパクトインキュベーター(カタログNo. 50125590)
外寸(W × D × H):26 × 47 × 41.2 cm
電源要件:100~240 V、45 W、50/60 Hz
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D. シェーカー(16~37 ℃)
試験管と三角フラスコを振とうできるものがおすすめです。試験管の場合は往復振とうできるタイプ、三角フラスコの場合は旋回振とうできるタイプが向いているので切り替えられるタイプが理想です。ただし、どちらかでも対応可能です(旋回振とうタイプの方が両目的に使いやすいです)。なお温度ですが、まれに16~30 ℃など低温で培養したいケースもあるので、できればクーラー機能が付いたものが理想です。例えば大腸菌を用いてタンパク質発現を行う場合は、不溶化を防ぐために低温(16~25 ℃程度)で発現を行うことが多々あります。その場合はクーラー機能が必須です。また、クローニング、プラスミド精製時に、大腸菌内でプラスミドが不安定な場合は、室温~30 ℃程度で培養することがあります。その場合もクーラー機能があった方がいいですが、30 ℃であればクーラーなしでも対応可能です。以下のおすすめはともに旋回振とうタイプです。

おすすめ
クーラー機能なし
Thermo Scientific™ Solaris™ 2000 I小型ベンチトップオービタルシェーカー(カタログNo. SK2001)
外寸(W × D × H):36 × 70 × 46 cm
電源要件:100~240 V、900 W、50/60 Hz
クーラー機能あり
Thermo Scientific™ Solaris™ 2000 R低温インキュベーションシェーカー(カタログNo. SK2002)
外寸(W × D × H):70 × 36 × 46 cm
電源要件:100~240 V、350 W、50/60 Hz
E. オートクレーブ
廃棄物の滅菌(組み換え体の不活化)および培地の調製に使います。また、フラスコなど消耗品の滅菌にも使用することがあります。カルタヘナ法上必須とは言い切れませんが、よく使うので同じ部屋にあった方が便利でしょう。処理条件は121 ℃、2気圧、20分間が一般的です。
F. 安全キャビネット
形質転換操作で寒天培地に大腸菌培養液をまいたり、液体培地に大腸菌のクローンを植え付けたりする作業を、安全キャビネット内で行うことを想定しています。ただし、クリーンベンチで代用されている方、普通の実験台の上で行われている方も多いと思います。カルタヘナ法にも関わるため、実施場所については安全委員会にご相談いただくと安心です。なお、クリーンベンチによりサンプルの無菌性は保てますが、作業者、環境の安全性は保てません。両者の違いについては、関連ブログをご参照ください。

おすすめ
Thermo Scientific™ 1300 シリーズクラス II A2 安全キャビネット(カタログNo. 1321)
外寸(W × D × H):100 × 80 × 156.8 cm
電源要件:100 V、15 A、50/60 Hz
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G. 遠心機(0.5~2 mLのチューブを15,000 ×g程度で遠心できるもの)
主に小スケールのプラスミド精製(Mini prep)で使用します。卓上の小さいものでも使用可能です。0.5 mL~2 mLのチューブが入り、12,000~15,000 ×g程度で遠心できるもので十分です。本操作に限っては冷却不要です。

おすすめ
冷却できないタイプ
Thermo Scientific™ Sorvall™ ST 8 コンパクト卓上遠心機(カタログNo. 75007202)
外寸(W × D × H):37.0 × 48.0 × 31.0 cm
電源要件:100 V、310 W、50/60 Hz
冷却できるタイプ
Thermo Scientific™ Sorvall™ ST 8R コンパクト卓上遠心機(カタログNo. 75007205)
外寸(W × D × H):46.0 × 67.0 × 32.0 cm
電源要件:100 V、750 W、50/60 Hz
H. 遠心機(50~100 mL程度の遠沈管を12,000 ×g程度で遠心できるもの)
Midi prep以上のスケールでプラスミド精製を行う場合、最初の大腸菌の集菌および最後のアルコール沈殿のステップで使用します。ただし、遠心以外の方法で行えるよう工夫されたキットもあるので必須とも言い切れません。なお、大腸菌を用いてタンパク質発現を行う場合は、集菌、塩析のステップで遠心機が必要です。集菌は3,000~4,000 ×gで可能ですが、プラスミドのアルコール沈殿、タンパク質の塩析(硫安沈殿など)を行う場合はもう少し高いg(12,000~15,000 ×g程度)が必要です。キットのプロトコルにもよりますが、冷却機能は付いていた方が無難です。

おすすめ
冷却できるタイプ
Thermo Scientific™ Sorvall X1R Proハイパフォーマンス遠心機(カタログNo. 75009763)
外寸(W × D × H):66.0 × 62.5 × 36.1 cm
電源要件:100~240 V、1,000 W、50/60 Hz
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I. 冷蔵庫(4 ℃)
形質転換前後の寒天プレートの保管などに使います。一般的な実験用冷蔵庫で問題ありません。
J. 冷凍庫(-20 ℃)
精製したプラスミドの保管などに使います。一般的な実験用冷凍庫で問題ありません。
K. ディープフリーザー(-80 ℃)
コンピテントセル、大腸菌のグリセロールストックの保管などに使います。こちらも一般的なもので問題ありません。
L. 小型遠心機
必須とは言い切れませんが、比較的いろいろな場面で使用します。多くのラボにあると思います。0.5~2 mLチューブをフラッシュできれば十分ですが、8連チューブ用ローターもあればさらに便利です。

おすすめ
8連チューブ用ローターが付いています。
Thermo Scientific™ mySPIN™ 6 Mini Centrifuge(カタログNo. 75004061)
外寸(W × D × H):15.3 × 12.8 × 10.4 cm
電源要件:110~120 V、0.1 A、50/60 Hz
M. ボルテックスミキサー
プラスミド抽出で大腸菌ペレットを溶解する際に使いますが、意外と使う機会は少ないのでなくてもいいですが、多くのラボにありそうです。

おすすめ
センサー式ボルテックスミキサー(カタログNo. FB15013、販売元:ワケンビーテック株式会社他)
外寸(W × D × H):22 × 18 × 7 cm
電源要件:100~240 V、50/60 Hz
N. ドライバスインキュベーター(37 ℃、42 ℃)
主に大腸菌の形質転換の際の熱ショック(42 ℃、30~60秒程度)で使います。ウォーターバスの方が急激な温度変化に対応できるためおすすめですが代用可能です。あるいは、ドライバスインキュベーター用のブロック(カタログNo. 88871104など)を42 ℃に設定したインキュベーターの中に入れて温めておいたものを使うのもおすすめです。もちろん制限酵素など酵素処理でも使えます。

おすすめ
Thermo Scientific™ タッチスクリーン式ドライバスインキュベーター(カタログNo. 88870007)
外寸(W × D × H):37.3 × 20.0 × 10.0 cm
電源要件:100~120 V、50/60 Hz
O. 分光光度計
プラスミド濃度測定、および大腸菌の濁度測定に使用します。なお、濁度測定を行うのは一般的に大腸菌を用いた組み換えタンパク質発現を行う場合だけです。
特にプラスミド濃度測定の際は、1~2 ?L程度の少量サンプルで測定できるタイプが便利です。なお、濁度測定は本来「濁度計」と呼ばれる散乱光を測定する装置で行いますが、目安がわかれば十分なので分光光度計でも代用できます。光路長が長いほど精度が上がるため、キュベットが使えるタイプがおすすめです。

おすすめ
1~2 μLで測定可、キュベット測定不可
Thermo Scientific™ NanoDrop™ Ultra微量分光光度計(カタログNo. NDULTRAGL)
外寸(W × D × H):32 × 18 × 28 cm
電源要件:100~240 V、11~18 W、50/60 Hz
1~2 μLで測定可、キュベット測定可
Thermo Scientific™ NanoDrop™ UltraC微量分光光度計(カタログNo. NDULTRACGL)
外寸(W × D × H):32 × 18 × 28 cm
電源要件:100~240 V、11~18 W、50/60 Hz
一般的な大腸菌ワークの流れと必要な装置
次に、視点を変えて、形質転換、プラスミド精製、組み換えタンパク質発現の各ステップで、必要なあった方がいい設備について簡単にまとめたので、併せてご参照ください。A~Oのアルファベットは図2と対応しています。
形質転換
コンピテントセル(市販)をディープフリーザー(K)から氷上に出す→コンピテントセルにDNAサンプルを添加する→氷上で10~20分程度静置→42 ℃で30~60秒熱処理(ドライバスインキュベーター(N))→S.O.C.培地を添加→37 ℃で30分~1時間振とう培養(シェーカー(D)、あるいはプレートシェーカーなど37 ℃で振とうできる装置)→プレートにまく→37 ℃で一晩静置培養(インキュベーター(C)、あるいはシェーカー(D))→培養後のプレートは1~数週間、冷蔵庫(I)で保存可能→コロニーはシェーカー(D)で培養後グリセロールストックにし、ディープフリーザー(K)で保存可能
プラスミド精製
シェーカー(D)で振とう培養(37 ℃で16時間~)→3,000~4,000 ×g程度で集菌(遠心機(G)、あるいは遠心機(H)、培養液量によって使い分ける)→キットを使用してプラスミド抽出→必要あればアルコール沈殿で濃縮(遠心機(H))→分光光度計で濃度測定(O)→-20 ℃以下のフリーザー(J)で凍結保存
組み換えタンパク質発現
コロニー、あるいは前培養液を液体培地に植菌→37 ℃で振とう培養(シェーカー(D))→600 nmのO.D.が0.8付近になった時点(分光光度計(O)で評価)で誘導剤(IPTGなど)を添加し誘導開始→16~37 ℃で振とう培養(シェーカー(D))→H遠心分離機(3,000~4,000 ×g以上)で集菌→超音波破砕機あるいは大腸菌溶解用試薬で菌体を破砕
まとめ
どのような設備が必要になるかイメージできたでしょうか?ご紹介したおすすめ製品でなくても、近いスペックのものがあれば困ることはないでしょう。本ブログが、どうしても必要なものと、そうでないものを見極めるためのご参考になれば幸いです。
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ベクターマップの読み方ガイド 無料ダウンロード
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